久しぶりのハヤテのごとく! 美希の話です。
雲一つ無い快晴の青空。
涼風が頬を撫でる。
目の前にはさまざまな花が咲き乱れる庭園。
ほのかに芳香が広がる。
何故、わたしはこんな所に居るのだろう…?
日本では無く、どこか海外であるようだ。
見てみるとわたしは決して煌びやかではなく、むしろ質素と言えるウエディングドレスに身を包んでいた。
胸のコサージュが可愛いらしく、純白のドレスは憧れていたものに極めて近い。
背後には薄いピンク色の小さな教会が建っており、人の気配が無い。
ちょっとだけなら中を覗かせてもらってもいいかなぁ。
鍵など掛かってはおらず、簡単に立ち入ることができた。
想像していた通り、おそらく200人と入らないこじんまりとした建物だ。
ステンドグラスから射し込む光が淡く辺りを染める。
静寂に支配された教会内を奥へと進む。コツコツと足音だけが響く…
素敵な所ではあるけど、静か過ぎて物悲しい。
ドダァァァン!!
突然開け放たれた扉にビクッとして振り返ると――
「おまたせ 美希v」
額に汗を浮かべつつ、桜色の髪を後ろで纏め、タキシード姿で笑顔のヒナが居た。
何? もしかしてドッキリ!?と疑って、キョロキョロしまう自分が滑稽だ。
「ちょっと 来るまでに色々あってね…」
屈託のない笑みのヒナを見ると、たとえ何であろうともまぁいいかと思えてくる。
「さ、始めましょ」
すぐ側まで歩み寄ると、真っ直ぐわたしを見つめる。
「えと… 何を?」
もしかして?いや、もしかしなくてもそうだろうという気持ちを抑えて、尋ねた。
「決まっているでしょ! 私達の結婚式よv」
予想していた、そのものズバリ!
「本気で 言っているのか?」
平静を装いつつ聞き直すわたしの胸は、破れてしまいそうに強く早く鼓動を刻んでいる。
「嫌なの? 私はすぐにでも挙式を済ませたいわよ」
澄んだ眼差しに静かな決意が宿っている。
「待てまて。本当に わたし でいいの…?」
もの凄く嬉しいのに、こんな弱気になるのはどうして?
「私の横にいて欲しいのは美希しか考えられない。二人で幸せな未来を作りましょう!」
ヒナの言葉が春の木漏れ日のようにわたしを照らす。
あたたかく、じわじわと心に染み、ゆっくり広がる。
幸福感で満たされ、生きていて良かったとすら思えてくる…。
涙が頬をつたう…
「まだ何もしてないじゃない…」
くすりと微笑んでヒナが涙を拭ってくれた。
信じられない…。
こんなことがあるなんて――
わたし、もう死んじゃうんじゃなかろうか…。
幸せ過ぎて 怖い…。
「美希、ごめんなさい。」
なんで謝るんだ?
ハッ!として、ヒナの顔を見上げる。
「あまり時間が無いと思うの。ゆっくり浸らせてあげられなくて申し訳ないわ」
「あぁ… うん。」
よくはわからないが、その表情は緊迫していた。
「私達の結婚を快く思わない人達がいるの!」
「もうすぐココに来るに違いないわ!!」
「しつこいったらないんだから、ホント困っちゃう」
それって誰のことなんだ? とっても気になる!
しかし、あえて口には出さずに飲み込む。
「指輪の交換――はしようがないわね」
自分の左手を見て独り言のようにつぶやく。
「立会人が居ないのは残念だわ」
気を取り直し、
「では、誓いの言葉――」
「私 桂ヒナギクは花菱美希を妻とし、富める時も貧しい時も、
いつ如何なることがあろうとも、之を愛し、慈しむことをここに誓います。」
穏やかに、しかしよく通るヒナギクの宣誓を聞き、胸が一杯になってしまった。
涙ぐんでたわたしの頭をあやすように撫で、あなたの番よと目配せ。
呼吸を整え、名前の部分を変えて同じように誓いの言葉を述べた。
アレ? 二人共、妻って言っちゃって良かった?
なんて気になったものの、そんなのは些細な事かもしれない。
次はいよいよ 誓いの口づけ ではないか?
いよいよもって、わたしの心臓が心配になるほどの動悸がする。
「美希、緊張しすぎよ」
ヒナはいつもの笑顔でいるが、これは一大事だぞ!
緊張するなというのは無理な話だ。
ヒナは平気なのか?
ホントのホント、本当にいいのか?
「ほぉら 目を瞑ってくれなきゃキスしてあげないわよv」
「あ、ああ…」
声、震えてなかったろうか? ヒナに気づかれたかな?
ゆっくり、目を閉じ、息を止める。
ヒナの手が肩に触れる――
ヒナの気配がより強く感じる――
ついにヒナと――
ヂリリリリリィィィ!!!
けたたましい音に、ビクッと身体を強張らせた。
「んもうっ!! こんなタイミングでッ!!!」
辺りを見回し、不快感を露わにするヒナ。
それは非常ベルか何かのようで、遠く、あるいは近くで鳴り響いてるらしかった。
「ヤツらが来たのかも!? こっちよ!」
キスのお預けを喰らって、ポカンとしてたわたしの手を引く。
駆け出し、ドレスがなんて走りにくいんだろうと思った。
目の前の扉を勢いよく開けた瞬間、溢れる光に目がくらむ。
――やっぱり… そうなっちゃうのか…
上半身を起し、手を前に突き出した姿勢でベッドにいる自分がそこに居た。
うん。ま、そんな事だろうと思った。
手を伸ばして目覚まし時計を止め、ぼんやり余韻に浸る。
ヒナの唇…
せめてあと10秒… 5秒遅ければ…
いやいや、現実でない以上、それって空しいだけかもな。
さて、学校に行く支度をせねば…。
………。
行きたくない。サボってしまおうか…
あんな夢を見た日にどんな顔してヒナと顔を合わせたらいい?
一気に行く気が失せた。
――と、不意に『本日、満開ワタシ色!』の着うたが鳴り出す。
この曲はヒナからだ!!
流れるような動作でケータイを手に取る。
「おはよう 美希。起きた? 日直でしょう? ちゃんと遅れずに来ないとダメよ」
「どうしてわかったんだ?」
「わからないわけないじゃない。同じクラスだし、美希の考えそうなことはお見通しよ」
「おおかた、二度寝しようとしてたんじゃない?」
「ヒナもまだまだ甘いな! 休んでしまおうと計画していたところだ」
「どこか具合悪いの? ごめんなさい…」
「いんや、寝起きが少し悪かっただけだが」
「ちゃんと学校に来なさいッ! いいわね。待ってるからね!」
「はいはい。ヒナに待たれては行かざるを得ないな」
「遅れずに来ること。約束よ!」
「ああ。」
長く話しては迷惑と思ったのか、バッサリと切れた。
もうちょっと声を聴きたかったのに。
続きは学校で、か…。
約束もしてしまったし、急がなくては。
ヒナには敵わないなぁ~、まったくv
布団から抜け出し、支度を始めるのだった。
ふぅ… 6月ももう終わりなのだな。